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【山口和幸コラム】#1
ツール・ド・フランスのなかに生きている人たち(前編)

18/08/29その他

ツール・ド・フランス取材歴約30年のスポーツジャーナリストの山口和幸氏が、今年も現地の様子をご紹介。
ツール・ド・フランスの魅力は、感動と興奮で溢れるスペクタクルなレースだけには留まりません。大会を迎える町と、そこに暮らす人々との関わりあいの中にも、たくさんの魅力が詰まっています。
今回は、現地を訪れることでしかわからない発見を山口氏がコラムで綴ります。


日本では英訳されて「ステージ」などと呼ばれるが、ツール・ド・フランスの全日程23日間においてスタートとゴールの町は「エタップ」と呼ばれる。邦訳すれば「宿場町」。安藤広重の「東海道五十三次」に登場する宿場と同じような意味を持つ。

© ASO

黎明期はナント、ボルドー、トゥールーズ、マルセイユ、リヨンなど日本人でもたいてい知っている大都市をつないでレースを行った。世界中の人たちから注目を集めるようになると次第に各都市の招致合戦が繰り広げられ、比較的小さな町でもツール・ド・フランスの招致を実現するようになる。また大会協力金が減額されることから、近年はゴールの町、スタートの町が分散される傾向になる。過去に拙著で紹介したことがあるが、ツール・ド・フランスが開催地から集める大会協力金は全体収入の5%ほど。ゴールとその翌日のスタートを兼務する町の出資金を10とするなら、スタートだけの町は4、ゴールだけの町は6という感じだ。

スタート地がどうして安いのか? そのわけは選手や関係者があわただしく集結して、2〜3時間であっという間に出発してしまうからだ。これに対してゴールの町は前夜からテレビ中継車が何百台も陣取って、朝からゴール後まで大がかりなイベントが展開する。選手や関係者もゴールの町やその周辺に1泊するので、自治体にとってゴールを招致する方がメリットは大きい。また世界中から集まった取材記者がその都市名を記載した原稿を配信するため、1日にして世界中にその名を告知することもできる。

ただしスタートやゴールの町がツール・ド・フランスを迎え入れるのは、それだけが目的ではないことが現地に足を運んでみるとよーく分かるようになった。すでに何度か紹介したエピソードにつきあしからず。

© ASO


この村には上等のチーズとワインがある

とあるステージの122km地点。選手団から2時間ほど先行してコースを走っていたボクの車は、小さな村でいきなり行く手を阻まれた。仕方なく停車すると、村の男が窓越しにじつに魅力的な提案をしてもちかけてきた。

「寄っていかないか? ステーキが焼けてるんだ。それにこの村には上等のチーズとワインがある」

強制的に連れて行かれた(ことにしている)。村の広場に向かうと「ようこそ!」と村長が両手を挙げて歓迎してくれた。

ツール・ド・フランスで脚光を浴びるのはスタートやゴールの町だ。しかし途中の町や村もなんとかアピールしたい。そこで土地の特産品をずらりとそろえて、この日は報道陣を待ち構えるというわけ。
「この村はね。ベルナール・テブネが生まれたところだよ」
テレビの解説者をしていたかつてのチャンピオンだ。
「日本から来たのか。日本ってどこだ。TVでやってるのか。選手は出てるのか?」
祭りの衣装で着飾った村民から質問攻め。

「肉食え。赤ワイン飲め」。ちょっとうれしいけど、さすがにアルコールは断るしかない。それにゴールまではまだ108kmもある。

ツール・ド・フランスの現場というのは、毎日こんな社交が繰り広げられている。その潤滑剤として使われているのがワインであることは確かである。とにかくフランス人というのは、みんなで集まって食べるときはワインが必要な民族のようだ。主催者のオフィシャルカーにゲストとして乗ったときにはビックリした。後部トランクにクーラーボックスが積み込まれ、お昼どきになるとコースわきの快適な草原でランチタイムとシャレ込む。まずは冷やされたシャンパンが出され、続いて常温の赤ワインだ。

さすがに30年前の話だが、ニュートラルサポートカーのなかには冷えたビールが搭載されていることを、白バイ(厳密には紺色のバイク)の憲兵隊員も知っていて、たまに併走しながら内緒で受け取っていた。(もちろん最近は見たことありません)

文:山口 和幸


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山口和幸
スポーツジャーナリスト。日本国内におけるツール・ド・フランスを取材する第一人者。1989 年にツール・ド・フランス初取材、1997 年から現在まで、全日程を取材している。著書に講談社現代新書「ツール・ド・フランス」など。今年のツール・ド・フランス現場からのツイートは@PRESSPORTSか、ハッシュタグ「#山口和幸」でご覧いただけます。

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