コラムCOLUMN

山口和幸のツール・ド・フランス取材レポート#3
「自転車安全通行」

16/07/15

フランスの道路はA(オートルート=いわゆる高速道路)、N(国道)、D(県道)に区分され、ごていねいなことに色づけもされる。Aは青、Nは赤、Dは黄色だ。このうち自転車が基本的に走れるのはNとD。ただしNは時速110kmで自動車が突っ走る部分も多いので、たいていは緑地帯か森林をはさんでサイクリングロードが平行に走っている。

自転車の本場であるヨーロッパは昨今の自転車安全通行を啓蒙する際のいい見本だ。「ヨーロッパでは自転車通行帯が整備され、歩行者と自転車は分離されているのがあたりまえ」などと自転車先進国を見習えと言われる。日本自治体も最近は対策を講じて本腰を入れているし、ヨーロッパの自転車環境がすべて正しいとは言えないが、日常の交通手段として自転車を愛用する人が多いだけに随所に熟成された考え方が見られる。

パリの歩道に敷かれた自転車通行帯。

ツール・ド・フランスのコースとなることが最も多いDは、郊外に出れば最高速度90kmでクルマが走る。この道を走っているとき、交通量もさほど多くないところでいきなり渋滞するシーンに遭遇する。その渋滞原因は道路脇を馬車かサイクリストが走っているというケースがほとんどだ。ドライバーのマナーとしてサイクリストを追い越すときは少なくとも1.5mの間隔を空け、さらに十分にスピードを落として追い越す。フランス人ならあたりまえのマナーだ。


フランスの県道は黄色い道標が道ばたに置かれる。写真はそれを模したみやげもの。

「少なくとも1.5mの間隔」というのは反対車線まで飛び出す必要があり、対向車がある場合はそれができないのでサイクリストを追い越さない。サイクリストと同じスピードで安全に追い抜けるところまで後続を走る。こうして1台1台が十分に安全に配慮しながらサイクリストを追い越していく。だからちょっとした渋滞も発生するわけだ。

サイクリスト側の走り方はどうだろう。郊外はそうやって道路脇を走行するのだが、町では意外とみんな歩道を平気で走っている。道路構造上、歩道しか走れない部分もある。でも日本のように歩行者と接触することはまずないようだ。自転車が突っ走るところは郊外であって、街中はいつでも止まれるスピードで走る。歩行者がいたら優先する。たいていのフランス人はどうでもいいような会話だが、背後からたいてい声をかける。


ツール・ド・フランスがよく訪問するベルギーも自転車専用道が縦横無尽に整備されていた。


オランダには環状交差点の上に2輪車専用橋が設置されている。

ただしヨーロッパのすべてのサイクリストが高いモラルを持っているかといえば、現実としたらそうでもない。飲酒運転はするしノーヘルだし、スマートフォンをいじりながらペダルをこぐ人もいる。どちらかというとクルマのハンドルを握るドライバーの意識がとても高いとも感じた。ドライバーも車を降りれば日常的に自転車に乗るし、その気持ちを共有できているからこそ寛容な精神が発揮される。

オランダのアムステルダム駅近くにはいたるところに広大な駐輪場が完備される。

こういったシーンを見かけるにつけ、ドライバー、サイクリスト、歩行者がお互いをリスペクトしているんだなと感じる。ツール・ド・フランスの名を冠したイベントが日本で開催されることを機に、日本でもこうした安全通行の考え方がしっかりと浸透していけばいいと思う。


ヨーロッパの人はみんな自転車への愛着がある。

写真:©PRESSPORTS
文:山口 和幸

 

山口和幸
スポーツジャーナリスト。日本国内におけるツール・ド・フランスを取材する第一人者。
1989 年にツール・ド・フランス初取材、1997 年から現在まで、全日程を取材している。
著書に講談社現代新書「ツール・ド・フランス」など。

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