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山口和幸のツール・ド・フランス取材レポート
#5「ドライバーとサイクリストの共存」

15/07/27

ツール・ド・フランス開催期間中に現地でつづるコラムもこれが最終回。第一週のときにまず「初取材時にビックリしたことは、沿道の人たちがボクにも手を振ってくれること。」を紹介したが、ビックリしたことはもうひとつある。一般道におけるドライバーとサイクリストの共存だ。

ツール・ド・フランスのコースとなることが最も多いのは県道だ。たいていは片道1車線で自転車専用レーンはない。郊外に出れば最高速度90kmでクルマが走る。たいていは田舎道なので交通量も多くないのだが、たまに渋滞するシーンに遭遇する。その渋滞原因は2つ。道路脇を馬車かサイクリストが走っていることだ。

クルマがサイクリストを追い越すときは少なくとも1.5mの間隔を空け、さらに十分にスピードを落として追い越せと自動車学校で教えられる。「少なくとも1.5mの間隔」というのは反対車線まで飛び出す必要があり、対向車がある場合はそれができないので無理な追い越しはせずサイクリストの背後を低速走行で待機することになる。だからちょっとした渋滞も発生するわけだが、すぐに解消するのでそれほど苦にはならない。

アルプスでトレッキングをしているという米国の若者と知り合い、近くの駅までクルマに乗せてあげたときに、彼が助手席で感慨深げにこう言っていた。
「フランス人ってクールだよね。自転車に乗っている人のことを気遣って運転しているんだよ。たぶんドライバーも自転車に乗っているからだよ。米国はこんな環境じゃないからうらやましい。」実はそんな意見はボクも同感だったので、米国人でもそんな感慨を抱くのかとうれしくなった。

こういったシーンを見かけるにつけ、ドライバーとサイクリストがお互いをリスペクトしているんだなと感じる。前述の通り、ハンドルを握るドライバーも自転車で走った経験があるので、サイクリストの気持ちに立ってものごとを考えることができるからだ。気を遣ってもらったサイクリストたちも、とびっきりの笑顔で感謝の気持ちを伝えてくれる。特にフランス人の笑顔は世界最高だと思う。

昨今の日本においても自転車道路通行の問題点が議論されている。日本にとって、自転車の本場である欧州は非常に参考になるはずだ。欧州でも車人分離はすべてがきちんと整備されているとは限らず、日本とそれほど変わらない危険性が多分にある。それがフランスであまり問題にならないのは、同じ場所を共有するという博愛の精神なのでは。インフラや法律・条例というよりも人間としての気持ちこそが道路交通問題の解決策につながっていくのではと感じる。

四半世紀のツール・ド・フランス取材において、最初の20年は勝った負けたの報道に夢中で、「自転車と歩行者の住み分け」という観点でものごとを見ていないことに気づいた。最近は遅ればせながらそんな社会や文化も注意深く観察しながらフランス一周の旅をしている。そして日本に持ち込まれるツール・ド・フランスの真髄が日本社会にも効果をもたらしてくれることを期待している。

さて、第102回ツール・ド・フランスも大きな感動を巻き起こしてパリ・シャンゼリゼへ。
凱旋した選手たちがシャンゼリゼの表彰台に立った姿のままで次に走るのが、さいたまだ。来日選手も続々と決まっていくはずだ。

文:山口 和幸

山口和幸
スポーツジャーナリスト。日本国内におけるツール・ド・フランスを取材する第一人者。
1989年にツール・ド・フランス初取材、1997年から現在まで、全日程を取材している。
著書に講談社現代新書「ツール・ド・フランス」など。

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