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山口和幸のツール・ド・フランス取材レポート#1
「単なるスポーツイベントじゃない!もはや政府公認の文化なのだ」
ツール・ド・フランス開幕が近づくとワクワク感は半分で、じつは不安な気持ちも同じくらい芽ばえる。全日程を単独で追いかけるようになってちょうど20年となるが、住み慣れた日本を離れ、途中で思わぬトラブルに頭が真っ白になりながらパリを目指すというストレス。どんなに経験してもツール・ド・フランスへの畏怖はぬぐいきれない。
今年の開幕地を確認してさらに憂うつになった。世界遺産モン・サン・ミシェル。でもモン・サン・ミシェルは単なる第1ステージのスタート地点であって、開幕時の拠点はそこから北に100km離れたサンローだ。おまけにボクの予約した宿はモン・サン・ミシェルから南に50km離れたところだ。
ツール・ド・フランスではゴールから100km離れた町のホテルに泊まることなんてザラにある。東京でイベントが開催されるのに群馬県まで泊まりに行くってことですよ。日本とはそれだけスケールが違うのである。だからこそこんな壮大な自転車レースが育まれてきたのではあるけれど。
フランスは現在、サッカーのUEFA欧州選手権のまっただなか。しかも今年はフランス大会だ。開催日程が9日間も重複するため、ツール・ド・フランスはサッカーに負けないような話題性喚起のためにとっておきの開幕地を設定した。それが日本の人たちにもなじみのある世界遺産モン・サン・ミシェルだ。
ツール・ド・フランスはこの国を代表する国際イベントなので、いくつもの政府関連団体が全面的に支援している。例えばフランス文化・コミュニケーション省管轄である公共の行政機関「フランス国立モニュメントセンター」だ。フランス国家が認定し、所有する100件以上の歴史的建造物を保存・修復・管理してイベントも開催する。今年のコースでいえばモン・サン・ミシェル僧院、カルカッソンヌ城、エトワール凱旋門などがある。
文部省・研究省・環境省が管轄するフランス国立自然史博物館もツール・ド・フランスに全面協力。国立モニュメントセンターと同様に、大会主催者と国際映像を配給するフランステレビジョンと契約し、美しい大自然の景観を世界190カ国に発信するとともに、沿道にゴミを捨てないキャンペーンや、二酸化炭素排出を抑えたイベント運営を推進している。
日本でテレビで視聴されるみなさんも、ヘリからの空撮でこれらの歴史的建造物が映し出されるシーンに釘付けになったりすると思う。現地のテレビでは、たとえレース展開が佳境になっていても事前に内部を撮影した映像が挿入されたり、必ず実況者がその歴史を短く触れたりする。つまりツール・ド・フランスは自転車競技というスポーツなのではあるが、世界随一の観光大国であるフランスの歴史的建造物や大自然をPRするツールであり、世界中のファンはフランス一周バーチャル旅行を楽しみながら選手と一緒にパリ・シャンゼリゼを目指すのである。
いずれにしてもツール・ド・フランスというものは、だれが勝ったか負けたかというコンペティションだけではなく、行政や社交や経済や文化が表裏一体でつながっているとてつもなく大きな存在だ。もっといえばフランスの、いや欧州の永き歴史の一部なのである。
文:山口 和幸
スポーツジャーナリスト。日本国内におけるツール・ド・フランスを取材する第一人者。
1989 年にツール・ド・フランス初取材、1997 年から現在まで、全日程を取材している。
著書に講談社現代新書「ツール・ド・フランス」など。