取材記者の仕事場は学校の体育館だったりテントだったり
ツール・ド・フランスの基礎知識 #9
ツール・ド・フランス2023の開催期間中、SNSでツール・ド・フランス現地レポートをお届けする、ライターの山口和幸さんのミニコラムをHPにてご紹介します!
今年のテーマは、「ツール・ド・フランスの基礎知識」。星の数ほどある伝説のストーリーから、テレビに映らない舞台裏まで。
現場取材30年の記者が21ステージにわたってコラムを連載します。
長年現地でツール・ド・フランスの取材をしている山口さんならではのコラムをお楽しみください!
Twitterでは山口さんの現地レポートをお届けしていますので、こちらもお楽しみに! https://twitter.com/saitamacrite
取材記者の仕事場は学校の体育館だったりテントだったり
数あるスポーツイベントの中でも、ツール・ド・フランスは3週間にわたって町から町へと移動する特殊な大会だ。世界各国から集まった900人の記者が原稿を書くプレスセンターも当然のように毎日移動する。
フランスでは「サルドプレス」と呼ばれるが、近年は「サントルドプレス(プレスセンター)」だ。ボクは「今日はどんなとこかな」と楽しみにしている。見本市会場や市民ホールもあるが、自転車競技場のインフィールドだったり、劇場だったり。
一番好きなのが高校だ。体育館にテーブルとイスが並べられ、地元の人がもてなしてくれるビュッフェは学生食堂だったりする。壁にバカロレア(大学進級資格試験)の合格発表が貼ってあったり、JUDO場があったり。
山間部に行くとサルドプレスがスケートリンクなんてことも。しかも氷上にカーペットを敷いただけなので、底冷えがして、テーブルの金属製の脚が結露しているのでたまったもんじゃない。
苦手なのが「シャピトー」と呼ばれる仮設テントハウス。山岳のスキーリゾートにゴール地点が設定されるときはたいていこれだ。板張りの床は大柄な欧州記者が歩くたびにバタつき、パソコンが揺れる。この振動でボクのパソコンが壊れたことがあるので、ゾッっとする。あのときは翌日に日本からやってくる仲間に「なんでもいいから買ってきて」と頼んだのだ。
サルドプレスで仕事するのはボクの同業者。夏場だけに短パン姿が多く、手洗いの普段着ばかりなので各メディアの敏腕記者とはどう見ても思えないのだが…。
こんな感じでワインを飲んだくれ、沿道の観客を蹴散らすように我が物顔で運転する取材記者なのだが、ちょっと大人っぽい瞬間がある。
たとえば総合優勝を争い有力選手が不可抗力のアクシデントで、ライバルたちの集団から遅れを取ってしまう。そんなとき、ライバルたちは「ここが勝負をかけるときではない」という判断で、不運な選手の復帰を待ってペースを落としたりすることもある。
そんなフェアプレーを賛辞する拍手がプレスセンターからだれともなくわき起こる。こういう人たちと一緒に仕事できるのは誇らしいと思う瞬間だ。
サルドプレスがまさかの飛行場の滑走路に仮設されたりする ©Pressports.com
プロフィール
ライター/山口 和幸 Kazuyuki Yamaguchi
ツール・ド・フランス取材歴30年のスポーツジャーナリスト。日本国内で行われる自転車の国際大会では広報を歴任。著書に講談社現代新書「ツール・ド・フランス」、「シマノ〜世界を制した自転車パーツ〜堺の町工場が世界標準となるまで」(光文社)。