#16 CHAMPION 2022 ヤスペル・フィリプセン(後編) 【さいたまクリテリウム歴代覇者ストーリー】
さいたまクリテリウム歴代覇者ストーリー
2024年に第10回大会を迎えるさいたまクリテリウム。これまで大会メインレースで優勝したのは自転車界のスーパースターばかり9選手だ。歴代王者の足跡を知ることで、さいたまクリテリウムの持つ価値観を再確認してみよう。(文/山口和幸)
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CHAMPION 2022 ヤスペル・フィリプセン
シャンゼリゼの次にさいたまを制した!(後編)
フィリプセンは2023年にさらに快進撃する。ツール・ド・フランス第3ステージで大会通算3勝目。この年はスペインで開幕し、この日のステージ後半にフランス入りした。平坦なコースとあって、スプリント力のある選手が優勝を狙ってゴール前で一気に活性化したが、チームの牽引役を利用してフィリプセンがトップでゴールした。
「大会最初のスプリントステージはとても緊張する。みんな筋肉がフレッシュなので難しい戦いだった。全員が全力を出し、そこから抜け出せたのだからこの勝利は自信になるよ」とフィリプセン。
翌日の第4ステージでも大集団のゴール勝負を制し、2日連続、大会通算4勝目を挙げた。この日はポール・アルマニャックサーキットがゴールで、優勝したフィリプセンは「まるでレーシングドライバーになった気持ちだ。昨日からこのステージは勝利を狙っていた」と好調ぶりにコメントが弾んだ。
この日フィリプセンはスプリント王の称号であるポイント賞の緑色ジャージ、マイヨベールを獲得し、「今大会はこのジャージを最後まで守り抜くのが最大の目標になる」と次なるターゲットを明らかにしている。第7ステージで3勝目、通算5勝目を挙げると、最速スプリンターとしての評価が定着した。
平坦ステージは常にカヴェンディッシュの単独最多記録更新が期待されていた。しかし若いフィリプセンにゴール手前で逆転を喫して2位にとどまるなど、38歳にとっては次第にあとがなくなっていく。フィリプセンも「カヴェンディッシュの勝利を願う人も多いが、ボクも負けられない」と苦肉のコメントを発した。
さらに第11ステージもフィリプセンが大集団のゴール勝負を制し、この大会4勝目、通算6勝目を挙げた。2023シーズン限りでの引退を表明していたカヴェンディッシュは結果的に35勝を挙げることができず、オフシーズンに引退を撤回し、2024年にもう一度記録更新に挑むことになる。
フィリプセンは後半戦で勝ち星を伸ばすことはできなかったが、マイヨベールを獲得し、「自分の実力に満足している」とレースを締めくくった。
ベルギーでも自転車レースの人気が高いフランドル地方の出身。激坂が波状的に出現する過酷なワンデーレースが盛んで、多くの強豪選手を輩出してきた。フィリプセンは現在、世界で最も強いスプリンターとしての評価を得ているが、その活躍は自身の実力だけではない。チームが献身的に牽引役を務め、勝利を託されるからだ。中でもファンデルプールの存在が大きい。2人のチームプレーが見事に発揮されたのが、2024年春のミラノ〜サンレモだった。
イタリア語で春という意味の「プリマベーラ」と呼ばれる伝統大会、第115回ミラノ〜サンレモが3月16日に開催され、フィリプセンが初優勝する。チームメートのファンデルプールは前年の覇者だったので、チームとして連覇したことになる。
現在開催される大会としては最長距離288kmを走るイタリアの伝統レースだ。ミラノの南にあるパビアを出発し、地中海リビエラ海岸のサンレモを目指す。残り5.6km地点にポッジオ・ディ・サンレモという丘があり、ここが勝負どころだ。2023年はUAEチームエミレーツのタデイ・ポガチャルがここでアタック。これに反応したファンデルプールが頂上で先頭に躍り出て、ゴールまで逃げ切った。
2024年もそのドラマの再現かと思わせた。UAEチームエミレーツのアシスト陣がメイン集団の先頭でペースアップし、ここまで逃げていた選手を吸収。ポッジオでエースのポガチャルがアタックすると、ファンデルプールがそれに続いた。「脚はとてもよかったけど、みんながここで勝ちたいと思っている。チームは僕をポッジオの上りまでうまく導いてくれたが、ライバルを突き放すことができなかった」とポガチャル。
連覇を狙ったファンデルプールも独走することができなかった。優勝の行方が12人のゴール勝負になると察知したファンデルプールは、チームメートのフィリプセンを勝たせる作戦に変更した。その狙いが的中し、レースは精鋭ばかりのスプリントとなり、フィリプセンが得意の爆発力で横一線の混戦をわずかに制した。
「ファンデルプールがいなければ優勝することはできなかった。彼はライバル選手のアタックを封じ込めて、スプリントのために集団をまとめてくれた」とフィリプセン。
「最後の1kmで怖くなった。失敗したくなかった。この勝利を掴まなかったら、一生チャンスを逃し、来週は眠れなかっただろう」と勝者は安堵し、立役者のチームメートと抱き合った。
2023ツール・ド・フランス ©A.S.O. Pauline Ballet
2023ツール・ド・フランス ©A.S.O. Charly Lopez
2023ツール・ド・フランス ©A.S.O. Jonathan Biche
プロフィール
ヤスペル・フィリプセン
●国籍:ベルギー
●生年月日:1998年3月2日
●所属チーム:アルペシン・ドゥクーニンク(2022)
●現況:アルペシン・ドゥクーニンク所属選手
【主な戦歴】
●ツール・ド・フランス区間通算2勝(2022)
●ツール・ド・フランスさいたまクリテリウム優勝(2022)
●ツール・ド・フランス区間通算4勝(2023)
●ツール・ド・フランス ポイント賞(2023)
●ミラノ〜サンレモ優勝(2024)
●ツール・ド・フランス区間通算1勝(2024) ※第11ステージ終了時点
ライター/山口 和幸 Kazuyuki Yamaguchi
ツール・ド・フランス取材歴30年のスポーツジャーナリスト。日本国内で行われる自転車の国際大会では広報を歴任。著書に講談社現代新書「ツール・ド・フランス」、「シマノ〜世界を制した自転車パーツ〜堺の町工場が世界標準となるまで」(光文社)。
ダイヤモンド・オンラインにて「ツール・ド・フランス2024」現地レポートを連載中。 https://diamond.jp/articles/-/346280